music dance poetry arts and philosophy
学園坂出版局よりお知らせ
・映画監督・坂上香さんの講演会「対話するってどういうこと?」を開催します。(8/22更新)
・ユリコさんのエッセイ風論考「家族について考える」6を公開しました。(11/21更新)
・2023年12月1日、小笠原もずくバンドライブを開催します。(11/11更新)
・2022年9月10日『生かされる場所』のCD発売記念ライブが開催されます。詳細はこちらをご覧ください。(8/5更新)
・「思想ゼミ」宇野邦一さんの連続講座を「器官なき身体と芸術」vol.15(2022年2月)でいったん終了します。アーカイブ視聴のお申し込みは受付中です。(3/13更新)
思想ゼミナール
外を思考すること・外で思考すること。法外だが豊穣な思考の実験。
La pensée
du dehors
de l'État
どうやら〈国家の外の生〉が、これまで考えてきたことの根底の課題であり、いままさに改めて問うべき課題であると思いつつある。前世紀の後半から顕著になってきたマイノリティの思考、微細な個人の欲望や幻想の考察を点検すること、国家、法、政治的理性、権力の次元から出て、けんめいに別の自己、身体、共同性を追求してきた思想を組み立て直すこと、ピエール・クラストル『国家に抗する社会』、ドゥルーズ=ガタリ『カフカ』、ミシェル・フーコー『自己への配慮』などをきっかけのテクストとしながら考えてみたい。宇野邦一
この種の哲学を実践していくために、わたしたちはあらゆる事象を、あらゆる領野を渉猟し、仔細に検討しなければなりません。国家について、歴史について、文学について、詩に ついて、科学について、政治について、法哲学について、経済について、福祉について、芸術について、性について、あらゆる制度、あらゆる言語、あらゆる生態について。もはや嘘でもいい、ありったけの論理を構築し、真っ向な批評を成立させること。このことが実に困難であり、圧倒的に時間が限られており、ついわたしたちは抗うのを忘れ、いつのまにか権力の大きな波にのまれてしまっている、そんな日常を送っているのかもしれません。
この思想ゼミナールは、宇野邦一氏をお招きし2年目となります。初年度は「民主主義」を軸に、氏がそれほど発言されてこなかった政治についてやや具体的な問題提起がなされました。2017年度も引き続きこのテーマを継続しつつ、議論は様々な方向に富んだものになっていくでしょう。氏の最新作『土方巽 衰弱体の思想』やジャン・ジュネ『薔薇の奇跡』の新訳を繙くと、資本主義と対峙しようとする舞踏の身体や、社会が少年院や刑務所などといった隔離施設に封じ込めておこうとするような、マイノリティの荒ぶる思考が実に新鮮に描かれています。わたしたちはこのような氏の著作に触発されながら、いまどこに立ち、どこにあるいていくべきなのかを探っていきたいと考えます。
思想ゼミナール・企画にあたって
2017年の今日、わたしたちを取り巻く世界は相変わらず暴力や憎しみに満ちていると言わざるを得ません。新自由主義やグローバル資本が貧困層を生み出し、明確なヒエラルキーがここそこに立ちはだかっています。欧米諸国にはナショナリズムが台頭し、日本においても欧米を真似るかのようなナショナルな言説や、あまりにも子供じみたヘイトスピーチが平然と垂れ流されている。目を覆いたくなるような現実、それは誰もが直面しながら正視できない現実として、いつまでも放っておかなければならないのでしょうか。
Thought
on the outside
of the state
わたしたちはいまいったいどこにたたされているのでしょうか。日々の消費社会のまっただ中でしょうか。人が目に見えない仕方で徹底的に管理される社会でしょうか。旧来の言説がまったく歯に立たないようにもみえる人工知能の支配する社会でしょうか。いずれにしても、人間がすることではあり、人間が欲望することではある。この錯乱したかのような欲望のメカニズムを今一度かえりみること、それはある種の精神分析でもあり、人類学とはまた別種の人間学とも言えそうな、わたしたちはそのような学を哲学だと、改めて言ってみたい。
日々、思考の闘争をすること。マイノリティや異端に想いを馳せながら。芸術=微細なアナーキズムのかけらにそっと触れながら。能う限り搾取につながらない生、暴力からもっとも遠ざかりうる場所、そのような志向が単なるロマンティシズムに過ぎないのだとしても、そのような思 考がある矛盾した体系を孕んでいようとも、わたしたちはこの闘争を諦めるわけにはいきません。哲学とは無力であるもののことだ、と哲学者はいう。であるとするならば、その無力を敢えて武器としながら日々闘争することが、世界を肯定しなおすことにつながっていくはずです。
宇野邦一 思想ゼミナール 2020〜2021
月1回 土曜日 14時〜17時
参加費(1回)1000円 zoomウェビナー
器官なき身体と芸術 宇野邦一
アントナン・アルトーのテクストからドゥルーズ&ガタリが抽出して、広い次元に展開することになった「器官なき身体」という概念には、繰り返し立ち戻り、検討を重ね、私自身の思想もこれによってつねに試されてきた。
「器官なき身体」は、もちろん身体とは何かという問いに直結するが、「全体によって統合されない部分の横断的結合」というくらいの意味で、組織や連結や接合のあり方を様々な場面で問うことになる。それは経済や政治に関してさえも適用し検討しうる概念である。また言語や表現、そして身体と知覚のあり方にもかかわるのであり、とりわけ芸術の方向を考えるうえでも、本質的であると考えてきた。現代の芸術は、「器官なき身体」のじつに多様なモデルを作り出してきたとも言える。
このセミナーでは、器官なき身体の多様な例を、様々なテクスト、作品、事象に想定しながら、その発想のヴァリエーション、連結をたどりなおし、作りなおすようなことをこころみたい。はじめの数回に思考のモチーフとなることとして、次のようなことが浮かんでいるが、この通りに進むことは期待しないでいただきたい。
1)芸術と器官なき身体、芸術係数(デュシャン)、崇高とは何か
2)ベケットの哲学、反哲学
3)時間と器官なき身体、ドゥルーズのプルースト論
スケジュールについて
11/28(土)14時〜17時 終了しました
12/26(土)14時〜17時 終了しました
2021年
1/23(土)14時〜17時 終了しました
2/20(土)14時〜17時 終了しました
3/27(土)14時〜17時 終了しました
4/24(土)14時〜17時 終了しました
5/22(土)14時〜17時 終了しました
6/19(土)14時〜17時 終了しました
7/17(土)14時〜17時 終了しました
9/18(土)14時〜17時 終了しました
10/23(土)14時〜17時終了しました
11/20(土)14時〜17時 終了しました
12/17終了しました
2022年
1/22(土)終了しました
2/26(土)終了しました。
次回開催は未定です。
参加費(1回) 1000円
※ご予約は下記ボタンからお申し込みフォームを送信ください。追って、参加リンクと参加料の振込み先をお送りします。
※アーカイブのご視聴も同額で可能です。
※お申し込み期限は各回・開催日の前日22時までとなります。受付が間に合わない場合、原則ご参加はできません。ご注意ください。
※期間限定でアーカイブ視聴(1回につき1,000円)のお申し込みが可能です。下記ボタンよりお問い合わせください。
本講座 『国家の外の思考〜フーコー、クラストル、ドゥルーズ』第II期は、各回3時間のうち90~100分程度を講義とし、残りを質疑応答や参加者による討論などの時間とします。対象年齢などの参加条件は全くありません。今年度からの参加も大歓迎です。アクチュアルな問題領域に関心のある方や、専門・非専門を問わず横断的な領域に関心のある方など、幅広く参加者の募集をしています。なお、各回定員になり次第応募を締め切らせていただきますので、ご了承ください。(港大尋)
宇野邦一 UNO Kuniichi
■主な著作 『土方巽〜衰弱体の思想〜』『意味の果てへの旅』『D』『予定不調和』 『アルトー 思考と身体』『詩と権力のあいだ』 『他者論序説』『日付のない断片から』 『ドゥルーズ 流動の哲学』『反歴史論』 『ジャン・ジュネ 身振りと内在平面』『破局と渦の考察』 『<単なる生>の哲学』
■主な訳書 ドゥルーズ=ガタリ『アンチ・オイディプス』 ドゥルーズ『フーコー』『襞』 アルトー『ロデーズからの手紙』 ベケット『伴侶』『見ちがい言いちがい』